大判例

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大阪高等裁判所 昭和58年(う)778号 判決

本店の所在地

大阪市生野区林寺二丁目二五番二九号

電研工業株式会社

右代表者代表取締役

中村俊幸

本籍

大阪市港区田中元町三丁目一八九番地の二

住居

同市生野区林寺二丁目二五番二九号

会社役員

中村俊幸

昭和二五年四月九日生

右両名に対する法人税法違反各被告事件について、昭和五八年四月八日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人両名の原審弁護人山口一男から各控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 大谷晴次 出席

主文

原判決を破棄する。

被告人電研工業株式会社を罰金二、四〇〇万円に、被告人中村俊幸を懲役一年四月にそれぞれ処する。

被告人中村俊幸に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人山口一男作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

控訴趣意のうち事実誤認の主張について

論旨は、原判決は、原判示第三につき、退職給与引当金八〇〇万円及び役員報酬三六〇万円の損金処理による脱漏所得及び脱漏税額をも含めてほ脱所得及びほ脱税額と認定しているが、被告人中村は、錯誤により、右両者につき損金処理すべきものではないとの認識を欠いていたものであるから、これらの分については税ほ脱の犯意がなく、右損金処理に基づく脱漏税額は不正の行為により免れた税額とはいえないから、右の部分を除外してほ脱所得及びほ脱税額を算定するのが相当であって、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。

よって、所論にかんがみ記録及び原審証拠を精査し当審における事実取調の結果をも併せ考察するに、所論の退職給与引当金及び役員報酬の各損金処理は、いずれも税務計算上否認されたものであるが、右退職給与引当金については、被告人中村俊幸の大蔵事務官に対する昭和五七年七月二八日付及び同年八月一〇日付各供述調書によれば、同被告人は、法人税法や同法施行令を知らなかったことなどのため、退職給与引当金を設定するには、退職金規定を確定申告書とともに税務署に提出すればよいと速断したものと認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はなく、また、右役員報酬についても、被告人中村俊幸の大蔵事務官に対する昭和五七年六月七日付及び同年八月一〇日付各質問てん末書などによると、同被告人は、決算期末(昭和五六年一二月三一日)を過ぎた昭和五七年二月二〇日頃、利益を繰越欠損金の控除ができる範囲内になるようにしようと思って決算操作をしたものとは認められるものの、本件全証拠を検討しても、未だこれが損金処理すべきものではないとの認識があったと認めるに足る証拠はない。そうすると、右各損金処理は、錯誤により損金についての認識を欠いたためなされたものであって、それによって生じた脱漏税額は不正の行為によって免れた税額とは認められないというべきである。そして、本件のように他に所得秘匿の不正行為の認識があっても、右のように損金の一部について認識を欠く場合には、その部分については税ほ脱の故意を欠くものとしてほ脱犯は成立せず、右を除外してほ脱所得及びほ脱税額を算出するのが相当であり、右と異なる原判示の見解には賛同できない。

そうすると、原判決には所論のとおり判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるから、論旨は理由がある。

よって、量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条によって原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書によりさらに判決することとする。

罪となるべき事実は、原判示第三事実中「実際所得額が六二一二万四七六七円」とある部分を「実際所得額が五〇五二万四七六七円」と、「正規の法人税額二四四八万二八〇〇円」とある部分を「正規の法人税額 一九六一万〇八〇〇円」とそれぞれ改め、「(別紙(三)修正損益計算書参照)」を削るほか原判示と同一であり、証拠の標目も原判示と同一(但し、そのうち「当公判廷」とあるのを「原審公判廷」と改める。)である。

法令の適用

原判決の適用した各法条(併合罪の加重に関するものを含む。)と同一であり、処断刑期及び金額の範囲内でそれぞれ処断すべきところ、本件は、被告会社の裏金の蓄積をはかるための計画的犯行で、三期にわたり、そのほ脱額は多額に上り、ほ脱率も百パーセントというものであり、しかも、被告人中村は、先代からの脱税方法を引継ぎ、自ら決算操作を指示したものであって、犯情は悪く、被告人両名の刑責は軽視しえないが、反面、被告人中村が、国税局の強制調査前に不正行為の一部を取止めたこともあり、本件後本件について加算税を含む税金を完納するなど被告人に反省の態度が認められることなど有利な事情もあり、これらを総合勘案して、被告人中村俊幸を懲役一年四月に処し、刑法二五条一項によりこの裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予し、被告人電研工業株式会社を罰金二、四〇〇万円に処することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 環直彌 裁判官 高橋通延 裁判官 南三郎)

昭和五八年(う)第七七八号

○ 控訴趣意書

被告人 電研工業株式会社

同 中村俊幸

右の者に対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣旨は左記のとおりである。

昭和五八年七月一五日

右弁護人 山口一男

大阪高等裁判所

第一刑事部 御中

一、控訴申立の理由

(1) 事実誤認(公訴事実「第三」関係」

公訴事実「第三」(昭和五六年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度)につき本位的訴因を排斥し予備的訴因により犯罪事実を認定したのは、刑法三八条一項違背および「不正行為」と脱税結果との間の因果関係逸脱の事実誤認がある。

(2) 量刑不当

原審判決の量刑は不当に重きに過ぎる。

二、事実誤認

(1) 予備的訴因には被告法人が税務計算上、否認をうけた〈1〉退職給与引当金八〇〇万円および〈2〉役員報酬三六〇万円(認定賞与)の計一、一六〇万円の所得額およびこれに対応する四八七万二、〇〇〇円の法人税が含まれている(注、本位的訴因では右の〈1〉〈2〉はいづれも除外されている)。

(2) しかし、右〈1〉〈2〉はいづれも被告法人の公表帳簿上に記載されていたものであり、ただ〈1〉については関与税理士の誤導ないしは被告法人の税法々規の不知のためその処理手続が法人税法、同施行令等に定める退職給与引当金の損金処理基準に合致しないことを理由に、また〈2〉についてはその確定時期が当該年度経過後であることを理由に、それぞれ税務計算上、被告法人がしていた当該年度の損金処理が否認されたのに止まる(収税官吏の被告人中村に対する質問てん末書(昭和五七年八月一〇日付、問五、問六―検察官請求番号八二))。

(3) 処で法人税逋脱の故意の成立については所得を構成する各収益または損費の税法上の益金性または損金性に対する認識(形式的外面的表象とその意味内容の認識を含む)の存することが必要であり、従ってこれについての錯誤は構成要件の錯誤として故意を阻却するものと解する(河村澄夫、「税法違反事件の研究」、司法研究報告書第四輯、第八号四四頁以下。板倉宏、「租税刑法の基本問題」一二八頁以下)。

(4) 本件犯則の行為者中村において前記(1)の〈1〉〈2〉の各事実について公表帳簿上で損金処理をしたのはその税法上の損金性についての錯誤から出たものであり、右損金処理については故意を阻却するものというべきである。

(5) 法人税逋脱罪が成立するためには「不正行為」と脱税結果との間に因果関係の存することが必要であることはいうまでもない。

ところで予備的訴因の脱税結果(脱税額)には右〈1〉〈2〉の、過誤経理に基づく脱ろう所得が包含されており、右過誤経理による所得増額分(税務否認による増差額)は、「不正行為」との因果関係を欠くものであるから脱税額から当然に控除されるべきである(参考例、大阪高判昭二四・五・六刑資四六号五八頁「被告会社の提出した確定申告書中税務署によって否認されたが脱税意図に基づく不正行為とは速断し得ない補修費等の勘定費用について、その除算分がないとしたら所得金額はそれだけ減少する筋合であるから、逆に除算額だけは計算上所得金額の増加を来す関係にあり、前記補修費等に関する申告に不正行為がないとすれば、右除算額に関する部分については逋脱罪の責任は及ばない」)。

(6) ちなみに、原審検察官も、はじめ右(1)の〈1〉〈2〉の事実(非犯則)を除外したもので訴因を構成して公訴提起したものであるが、その後、裁判官の示唆により右の〈1〉〈2〉を加えたものを予備的訴因として追加するに至ったが、なお右の「犯則、非犯則の区分」を前提としたはじめの訴因を本位的訴因として維持していたことを付記しておく。

三、量刑不当

(1) 犯情

被告会社の法人税、逋脱は被告人中村の実父が社長の当時から行われていたものであるが、昭和五二年右父の急逝により、突然、被告人中村(当時二六才の年少)がその責を引継ぐ羽目となり、このため、前後を省みるいとまもなく、父の遺した経営路線をそのまま無条件に踏襲継承したものであるが、被告人中村は常々税法違反行為をやめて、本来の正常の納税に立返ることを念じつづけ、現に、国税局の強制調査をうける以前の昭和五六年中に従来くりかえしてきた不正行為の一部( 端鋼板から仕入れた鉄板の売上除外)を自らの意思で取止めた事実がある。

(2) 情状

〈1〉 進んで修正申告を提出し、加算税を含む税金を完納している。

〈2〉 被告人中村は収税官吏および検察官の調査にも進んで協力し、反省の態度がきわめて顕著である。

〈3〉 ガラス張の経営を実行して「適正納税」を固く誓約しており再犯のおそれはない。

(3) 以上の犯情、情状にかえりみ原審判決の量刑は不当に重きに過ぎる。

以上

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